ニューヨークの1LDK70?のアパートにつましく暮らす老夫婦のドキュメンタリーを見た。
映画は、彼ら自身の言葉や彼らに関わってきた人々のインタビューで綴られ、さして大きな起伏もない。
正直、途中で何度も睡魔に襲われた。なのに、映画を見たあとのインパクトといったら!
爽快感と羨望と刺激がごっちゃになった自分の気持ちをどう表現すればよいだろう?
『ハーブ&ドロシー』は郵便局員であった夫と図書館の司書を勤めていた妻の話である。
ごく一般的な市民である二人の共通で唯一の趣味は現代アートの収集。コツコツ40年間集め続けた二人のコレクションは、今や20世紀アート史に燦然と輝く名作ぞろいとなったというからオドロキだ。
評価の定まっていない同時代のアートから傑作を見出す彼らの審美眼は素晴らしい。だが、それ以上にすごかったのは、彼らの貪欲さと無欲さ。
二人は積極的に作家と関わり、作品の作られたプロセスまでをも全部見たがる。アートに対する執着といくつ買っても飽くことなく集め続ける情熱。アートに関してはおそろしいほどまでに貪欲なのだ。
その反面、アート以外のことには見向きもしない欲の無さ。コレクションをいくつか売却するだけで、優雅で贅沢な暮らしができるだろうに、全作品をナショナルギャラリーに寄贈。コレクションを売ることなど毛頭考えていないのだ。
ニューヨークというアートシーンのどまんなかにいるにもかかわらず、(投機的な)アートマーケットと全くかけ離れていられるのは、まるで奇跡のようにも思えた。
これは夫婦の価値観のベクトルがぴったり一致していたからこそ到達し得た境地なのではあるまいか。
いつも仲良く手を取り合っている二人のパートナーシップが心の底から羨ましかった。
そしてアートを買い続ける彼らの揺るぎない信念、アートへの関わり合いの深さには見習うべきところが多々あった。
私は作家の品を買って売る商売だ。芸術作品を所有する彼らとは訳が違うが、たとえ売買であっても、作品を愛しているからこその仕事だと思っていた。
しかし、彼らに比べたら、自分の仕事ぶりの浅いこと浅いこと。
「せっかく作り手と関わり合いの持てる仕事をしているのだから、もっと貪欲に徹底的に執着してみろ」
そんな声が今も延々頭の中でこだましている。